池松壮亮さんの父親について調べると、「会社の社長なの?」「株式会社ブルクと関係がある?」「実家はお金持ち?」と、いろいろ気になってきますよね。
池松さん本人はテレビで、父親について「一代目で建築系の会社をしている」と話しています。さらに、長男である自分に本当は会社を継いでほしかったのではないか、と感じていることも明かしました。
また別のインタビューでは、父親が建築会社を営む一方で、約25年間にわたって保育園の運営にも関わっていたことを語っています。
ネット上では、父親は福岡で株式会社ブルクを経営する池松正剛さんではないかと広く紹介されています。ただ、家族に関する情報だからこそ、本人が話している事実と、公開情報から確認できることは分けて見ていきたいところです。
この記事では、池松壮亮さんの父親の仕事、会社、実家がお金持ちといわれる理由、子役デビューとの関係、家族構成までまとめていきます。
池松壮亮の父親は建築系の会社を経営
まず一番はっきりしているのが、父親が建築系の会社を経営しているということです。
『A-Studio+』に池松壮亮さんが出演した際、MCの笑福亭鶴瓶さんが事前に池松さんの両親を取材。
そこで鶴瓶さんが、父親が大きな会社をしていることに触れると、池松さんは父親について「一代目で、建築系」と説明しています。
つまり、代々受け継いできた会社というより、父親自身が立ち上げて育ててきた事業ということですね。
さらに池松さんは、自分が長男であることから、父親は会社を継いでほしかったのではないかとも話しています。
ただ、父親から直接「会社を継げ」と言われたわけではないそうです。
こういうところは、ちょっと気になりますよね。会社を一代で築いた父親なら後継ぎを意識していても不思議ではありませんが、息子の進路を強く縛るタイプではなかったようです。
父親は会社を継いでほしかった?
池松壮亮さんは4人きょうだいの2番目ですが、男子では一番上なので長男です。
『A-Studio+』では、父親が会社を継いでほしかったのではないかという話になり、池松さん自身も「長男なので、そうだったと思う」という趣旨で語っています。
一方で、父親はその気持ちを池松さん本人に押しつけることはなかったようです。
池松さんは同じ場面で、両親について「いろいろな経験をさせたかったのだと思う」と振り返っています。
会社の後継者という一本道ではなく、まず子どもにいろいろ経験させる。結果としてその中から俳優という道が生まれたわけですね。
池松壮亮の父親は池松正剛さん?会社は株式会社ブルクといわれる理由
池松壮亮さんの父親について検索すると、池松正剛さんという名前と、株式会社ブルクという会社がよく出てきます。
株式会社ブルクの公式会社概要を見ると、代表取締役として池松正剛さんが掲載されています。
事業内容は、建築インテリアの企画・設計・施工、家具や木製品の設計・製造・販売など。池松壮亮さんがテレビで語った「父親は建築系の会社を一代で築いた」という内容とも重なります。
| 項目 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 父親の仕事 | 池松壮亮さん本人が「一代目の建築系」と説明 |
| 父親とされる人物 | 池松正剛さんと紹介されることが多い |
| 株式会社ブルク | 福岡市を拠点とする建築・設計・リノベーション関連会社 |
| 代表者 | 公式会社概要では池松正剛さん |
| 設立 | 1989年8月30日 |
| 主な事業 | 建築インテリアの企画・設計・施工、家具・木製品関連など |
さらに池松正剛さんについては、過去のインタビューで「長女が舞台女優、長男が俳優」と語った記録もあり、池松壮亮さんの家族構成と一致する点があります。
こうした複数の公開情報が重なることから、池松正剛さんが池松壮亮さんの父親として紹介されているわけです。
ただ、芸能人本人ではなく家族に関する情報です。なので、この記事では必要以上に個人情報へ踏み込まず、仕事や公開されているエピソードを中心に見ていきます。
株式会社ブルクはどんな会社?
株式会社ブルクは、住宅建築やリフォーム、リノベーション、店舗デザイン、建築設計などを手がけています。
会社公式サイトでは、単に建物を新しくするだけではなく、空間に付加価値をつくることを重視していることが分かります。
地域経済誌『ふくおか経済』でも、マンションやオフィスビル、店舗などの建築設計やデザインを手がける会社として紹介されています。
池松正剛さんは大学卒業後に住宅メーカーへ入り、営業や都市再開発に関わったあと、その経験を生かしてブルクを立ち上げたと紹介されています。
父親が「一代目」という池松壮亮さん本人の話とも、かなり一致していますね。
池松壮亮の父親は保育園も運営していた
父親についてもうひとつ印象的なのが、保育園のエピソードです。
池松壮亮さんはGOETHEのインタビューで、建築会社を営んでいた父親が25年ほど保育園を運営していたと話しています。
しかも、経営だけに関わっていたわけではなかったようです。
父親は会社へ出勤する前に保育園へ立ち寄り、子どもたちに読み聞かせをすることもあったそうです。
さらに、保護者のお迎えが遅くなった子どもたちが池松家で過ごすこともあり、池松さんが家へ帰ると保育園の子どもたちが家の中を走り回っているような環境だったといいます。
かなりにぎやかな家庭だったことが伝わってきますよね。
池松さんは、きょうだいやいとこが多かったことに加え、こうした環境で育ったことが、自分の子どもや未来への関心にもつながっていると話しています。
池松壮亮の実家はお金持ち?
池松壮亮さんについては、「実家がお金持ちなのでは?」という検索も多いようです。
結論からいうと、池松さん本人が「裕福な家庭だった」「実家はお金持ちだった」と公表しているわけではありません。
では、なぜそういわれるのでしょうか。
主な理由として考えられるのが、父親が建築系の会社を経営していることです。
さらに、株式会社ブルクと関連する不動産賃貸・管理会社のイケマツマネジメントについては、地域経済誌でマンションやアパート、ビルなど複数の不動産を所有している企業として紹介されています。
こうした会社の事業規模や不動産関連の実績から、「実家もかなり裕福なのでは」と推測されるようになったのでしょう。
ただし、会社が不動産を所有していることと、池松家個人の資産額は別の話です。
会社の規模だけを見て「実家は大金持ち」と断定するのはちょっと飛躍がありますね。
「お金持ち」より経験を与える家庭だった
池松さんの話を追っていくと、経済状況そのものよりも、子どもにいろいろな経験をさせる家庭だったという部分のほうがはっきり見えてきます。
池松さんは子どものころ、野球やラグビーをしていました。
そして姉が『ライオンキング』のオーディションを受けることになったとき、母親から「あなたも行ってきなさい」と勧められています。
池松さん本人はまったく乗り気ではなかったそうですが、300円の野球カードを買ってもらう約束につられてオーディションへ。
そこでヤングシンバ役に合格し、俳優人生が始まりました。
本人が最初から芸能界を目指していたわけではない、というのが面白いですよね。
父親は池松壮亮の俳優デビューに関係していた?
直接オーディションへ行くきっかけを作ったのは母親でした。
ただ、池松壮亮さんは両親について、野球だけではなく、いろいろな経験をしながら大人になってほしいと考える親だったと話しています。
『A-Studio+』でも、父と母がいろいろな経験をさせたくて『ライオンキング』へ送り込んだという趣旨で振り返っています。
なので、「父親が俳優にさせた」というより、父親と母親が子どもの可能性を狭めず、いろいろな経験をさせていたと考えるほうが自然かなと思います。
初舞台で両親が泣いたことが転機に
池松さんにとって大きかったのが、『ライオンキング』の舞台に初めて立った日の出来事です。
『徹子の部屋』で池松さんは、舞台を見た両親が人前で泣いている姿を初めて見たと話しています。
それまで人前に出ることが苦手だった池松さんですが、自分の演技で身近な人がここまで感動することに驚き、「そこでスイッチが入ったような感じがある」と振り返っています。
オーディションへ行った理由は野球カードだったのに、舞台に立って両親の涙を見たことが俳優を続ける原動力になった。
こういうエピソードを知ると、父親の存在も俳優人生のスタートにちゃんとつながっていることが分かりますね。
池松壮亮は4人きょうだい!家族構成を整理
池松壮亮さんは、4人きょうだいの2番目です。
本人が『徹子の部屋』で、姉・妹・弟がいることを明かしています。
| 家族 | 分かっていること |
|---|---|
| 父親 | 一代目の建築系会社を経営していると本人が説明 |
| 母親 | 『ライオンキング』のオーディションを受けるきっかけを作った |
| 姉 | 池松さんがオーディションを受けるきっかけになった存在 |
| 池松壮亮さん | 4人きょうだいの2番目で長男 |
| 妹 | 本人が妹の存在を公表 |
| 弟 | 本人が弟の存在を公表 |
池松さんは男子では一番上なので、父親の会社について「長男だから継いでほしかったのでは」と感じていたわけですね。
ただ、最終的には俳優の道を歩き、父親もそれを止めることはありませんでした。
池松壮亮の父親についてよくある疑問
池松壮亮の父親は会社社長?
池松壮亮さん本人が、父親について「一代目で建築系」と話しています。
そのため、父親が建築関係の会社を経営していることは本人の発言から確認できます。
父親の会社は株式会社ブルク?
父親の会社として株式会社ブルクが広く紹介されています。
ブルクの公式会社概要では、池松正剛さんが代表取締役を務め、建築インテリアの企画・設計・施工などを行っていることが確認できます。
池松壮亮さんが語った父親の仕事や家族情報と一致する部分が複数あることから、父親の会社として紹介されています。
池松壮亮の実家はお金持ち?
父親が会社を経営し、関連会社が不動産事業も行っていることなどから、お金持ちというイメージが広がったようです。
ただ、池松壮亮さん本人が実家の資産について公表しているわけではありません。
「会社経営者の家庭だった」ことと「大金持ちだった」を同じ意味として扱わないほうが正確ですね。
父親は会社を継いでほしかった?
池松さん自身は、長男なので父親は本当は継いでほしかったのではないかと話しています。
ただし、父親から直接「継いでほしい」と言われたわけではないとも語っています。
父親は保育園も経営していた?
池松壮亮さん本人が、父親が建築会社を営みながら約25年間保育園を運営していたと明かしています。
出勤前に子どもたちへ読み聞かせをすることもあったそうですよ。
まとめ
池松壮亮さんの父親は、本人の発言によると、福岡で建築系の会社を一代で築いた経営者です。
父親の会社としては株式会社ブルクが広く紹介されていて、公式情報では池松正剛さんが代表取締役を務めています。池松壮亮さんが語る父親の仕事や家族に関する情報とも重なる部分があります。
また、父親は建築の仕事だけでなく、長年にわたって保育園の運営にも関わり、子どもたちへの読み聞かせまでしていたそうです。
一方で、「実家がお金持ち」という話については、会社経営や不動産関連の事業から生まれたイメージが大きく、池松さん本人が家の資産を公表しているわけではありません。
池松さんの家族について調べていくと、単に「社長の息子だった」という話だけではないんですよね。
父親は会社を継いでほしい思いがあったのかもしれませんが、息子の進路を強く縛ることはせず、両親はさまざまな経験をさせることを大切にしていました。
野球カードにつられて受けたオーディションから俳優人生が始まり、初舞台で両親が涙する姿を見て演じることへの意識が変わった池松壮亮さん。
父親が直接俳優への道を決めたわけではありませんが、好きな道を選べる家庭環境そのものが、池松さんの大きな土台になったのかもしれませんね。
関連記事:池松壮亮の歴代彼女・熱愛報道と結婚について詳しく見る
参考・出典
日刊スポーツ/TBS『A-Studio+』関連報道/GOETHE/株式会社ブルク公式サイト/ふくおか経済/スポニチアネックス/テレビ朝日『徹子の部屋』関連報道/ORICON NEWS

